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日タイ映画道場に参加して初めて思ったことと、改めて思ったこと
/川部良太
 
自分がどこの国の出身であるとか、何の言語で話したり考えたりしているのかということを、朝から晩まで四六時中あたまから離さないでいるというのは、今回、日タイ映画道場に参加するまで体験したことがなかったかもしれない。特に慣れない言語でのコミュニケーションは、複雑なやり取りを回避しようとするから、話すことも単純化されたり、端折ったり、どこか自分の思っていることの軸から言葉がズレても、それでよしとせざるを得なかったりする。あるいは最初から複雑なことは話さなくなったりする。シンプルにしなければならなくなることそれ自体は、もちろん悪いことではないと思うし、往々にしてそれは自分の英語の問題だったりもする。
 
ただ、唐突に「日本」のことを聞かれたりして、そして、極単純に「日本人」としてそのことを説明しようとしたりする時、さらには、質問が普段考えていないことだったり、よく知らないことだったりしても、慌てつつ、でもなんとか「日本人」として答えようとしてしまったこともあったように思う。この感覚はしかし、そんなに信じられるものなのだろうかと、タイから帰ってきてふと考える。あの時、自分は、なにかを装っていたのではないか?シンプルに語るということと大雑把に語ることとは異なるはずなのに、小さな自分の実感の話を飛び越えた言葉になってしまっていたのではないか。
 
それに対して、今回の道場の中で、3人程度のグループで撮影や編集のワークショップがあったことは、言語によるコミュニケーションとは異なる感じ合いの場を生んでいたように思う。拠点になっていたフィルムアーカイブの近くの音楽学校の校内を、スットさんとフォンさんという2人のタイ人と撮影していた時、タイの伝統楽器を学んでいるある学生が個人練習室まで行くところを3人で一緒に追いかけることになった。スットさんがカメラをまわしながら、その後ろをフォンさんとついて行く。学生は1.5畳ほどの防音された個室の中に入り、スットさんもそのまま中に入って撮影を続けることになった。中に4人は入れないから、フォンさんと2人ドアを閉めて外に立つと、個室のドアに小さく開いた縦長の窓から学生の姿がよく見えることに気がついた。中の音はほとんど聞こえず、廊下には他の教室からチューバかトロンボーンかなにかの音が響いている。これだ!と思い、横にいたフォンさんの方を見るとフォンさんもこっちを振り向いて頷いていた。
 
あるいは、参加者全員で日本食を作った日。共同で作業できる工程があることによって生まれる時間のことも忘れられない。餃子を包む、手巻き寿司を巻く、お好み焼きをひっくり返す、おにぎりを握る(なんだか炭水化物ばっかりだ)。そんな誰にでもできる小さな行為があったことによって、物事の捉え方や定義、作家としての立ち位置やスタイルなどとは関係なく、ただ話す、あるいはただ一緒に何かをする、という時間を共有できたように思う。準備の段階で料理の工程について考えていたわけではなかったけれど、そんな偶然の作用もあって、何かを前提としない関係や場のあり方として、食事を作るということの力を改めて実感した。
 
否応なく、どこの国の人であるということや、何の言語を話すかということも受け入れなければならないし忘れることなどできないけれど、しかし同時に、いつだって何者でもなくそこに存在するあり方を探したいと思った。そんな時、それぞれの小さな実感の具体性を手放さないあり方がきっとあるはずなのだ。そんな関係や場そのもののことを、自分は映画と呼びたいと思った。
 
                                

 

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