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初めての海外旅行はタイ国でした
/Night, knight, Naito (内藤雅行)
 
私が初めてタイ国の土を踏んだのは、子役として出演していたテレビ映画のロケでした。今からおよそ50年前のこのロケは、日本のテレビドラマとしても初の海外ロケという記念すべき出来事でした。その後もタイ国にはカメラマンとしてたびたび訪れました。今回プロジェクトへの参加に、二つ返事で手を挙げたのも、開催地が思い出深いタイ国となっていたからです。
 
『道場』の会場に立って驚きました。広く開けた大地と高く広がる大空は開催地にうってつけのロケーションです。しかも過去の映像文化も大切に残されています。広々としたオープンセットと高い天井を持つスタジオは、映画製作におけるカメラマンや監督のイマジネーションを妨げません。そういうポテンシャリティを秘める場所として、今回の会場がうらやましく見えました。日本にも同様の『場』が、私が撮影助手の頃にはありました。「撮影所」です。当時は「夢工場」などと言う人もいましたが、今日本に「夢工場」は存在するでしょうか?タイ国の映画界の明日に期待が高まります。
 
『タイ道場』での私の役割は「撮影」でした。ここ3年、私は日本の「無形文化財技術保持者」の方々を撮っています。彼らは「家(か)」と呼ばれ「師(し)」と称されます。「家」は作家「師」は職人に当たります。「家」は「師」によって支えられています。例えば書道家には、筆師、墨師、紙漉師がいるように、映画作家には撮影技師、照明技師、録音技師が控えます。撮影した映像を映画作家に提供することが、撮影技師たる私の仕事です。
 
『タイ道場』では、同じ撮影素材を各自が自由に編集するという「企て」が行われました。素材がいかに料理されるか、興味深い半面下手なものは撮れません。プレッシャーの中で私の撮影は終わりました。その後編集作業に立ち会う私の目に飛び込んだのは、楽しい空気に包まれた編集現場でした。しかしホッとしたのもつかのま、編集が進むにつれ素材提供者の私はだんだん気が重くなり果ては自己嫌悪に陥りました。後悔しても後の祭りです。「言い訳」という言葉は撮影技師の辞書にはありません(汗)。撮ったままのラッシュ映像が私の作品です。恥をかこうとも私自身です。ところが、編集作品はどれもが見事でした。素材のマイナスを良くカバーしてくれたものだと内心で喜びました。
 
その後音楽学校を中心に拝見した作品は、楽しくのびのびと仕上げられていました。狙いのセンスの良さ、的確なアングル、巧みなフレーミングに驚きました。私も負けてられません。列車、朝市、仏具工場などに狙いを定めレンズを向けました。狙っていたのに撮影できなかったのがホテル近くで見かける雀たちです。健気なバイタリティーに魅かれていました。残念です。
 
謝りたいこともあります。私が早めに就寝したために皆さんの作品を見られず終いでした。お話も聞けませんでした。勉強させてもらう良い機会だったのにと反省しています。
 
この催しは「道場」です。「道場」とは鍛錬の場です。世界各国の「家」が集って、普段と異なる環境で失敗を怖れずに映像をつくってみる。結果的に失敗に終わっても体験はその後の糧になります。貴重な鍛錬の場は絶やしてはならないということを、改めて気づかせてもらいました。
 
面白かったのは「お好み焼きパーティー」です。異国の地で、日本を代表する庶民の味が宙を舞った情景は忘れられない思い出です。空飛ぶお好み焼きも、ぜひ次回に引き継いで下さい。
 
今回私のファインダーにはタイの人々の笑顔がたくさん映し出されました。優しいその表情に、50年前に10歳だった私のお世話をしてくれたタイのおばさんが、懐かしく重なります。
 
そして今回、60歳の私を優しく介護してくれた笑顔の素敵なタイのおばさん、お嬢さんに感謝、感謝です。さらに今回のプロジェクトの成功に尽力された、日本の美しい方々の優しい笑顔にも、感謝、感謝、感謝です。

 

 

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